2010年08月17日

【森本泰介】御礼

このたびはTJAR2010に参加させていただき有難うございました。

2004年の田中正人さんのゴールを目の当たりにして以来のTJARですが、当時は全くの別世界の出来事の様に感じていたはずが、気がつけば同じ世界に入っていて不思議な感覚でした。

書類選考から始まり、選考会と徐々に大会が近づくにつれて不安ばかりが大きくなっていきましたが、ふとスタートラインに着いた時には不思議と不安が消えていたのが印象的です。

序盤はほぼ最後尾でしたがマイペースを維持しつつも徐々に計画より遅れていく自分のペース。睡眠時間を削りながらペースを維持して完走ペースで進めることが出来ていたと思います。

IMGP0173.jpg

しかし、足のマメの対策が今思えば稚拙だったため、徐々に苦しい展開になって市ノ瀬では靴がまともに履けなくなってしまっていました。後半用に1サイズ大きな靴を用意していましたが、今思えば最初からこの靴を履いておくべきでした。コレが今回、このレースでの最大のミスと感じてます。が、経験が無いので想像すらしていませんでした。

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後半の南アルプスでは足の痛みに加えて悪天候と暗闇の中、メンタルが乱れてリタイヤしたいと心が折れかかっていましたが、ふと自分は何をしているんだと我に返ると「TJARに参加しているんだ!!」と気づき、持ち直すことが出来ました。これは携帯メールに飛んでくる皆の応援メッセージが強く強く後押しをしてくれたことは間違いないです。

その後、真綿で首が絞まるように徐々に厳しくなる行動計画との遅れを必死に計算し、関門時間にまだ間に合うと自分に言い聞かせながら足を進めました。

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そうして気持ちを繋ぎながら歩き続けながらも百間洞を過ぎたあたりでついに足の痛みで歩けなくなって座り込んでしまいました。ふと携帯電話を取り出すと偶然圏内で、嫁に電話をしてみると通じ、今の心境を聞いてもらいました。そして今のペースだと関門に間に合わないことも。電話で話したところで用意していた鎮痛剤を飲んで歩き出すと足の痛みでそれ以外では疲れが残っていなかったようで薬が効いた聖岳をこえる区間はかなりのハイペースで歩けました。

その後、茶臼小屋でも歓迎をうけて気持ちを強く持ち、関門時間を目指してスタート。まだ間に合うと。そしていつまでも続くかとおもえる登山道を抜けて畑薙大吊橋を超えて23時。ダムまでの道のりを眠気と傷みで倒れこんで寝てしまいたい衝動と戦いながら足を止めることなく歩きを重ねてゲートに明かりが見えました。

嫁がゴールで会う約束をしていた友人に連絡を入れて待っていてくれていたのです。
その時、ふと時計を見ると0時11分と関門時間を過ぎていました。
ここで私のTJAR2010は終わりました。

色々あるとは思いますが、今の私の実力は全部出し切れた結果だと思います。
あの時点で海まで歩く気力も体力も残念ながら残っておりませんでした。
もちろん今後、許されるようでしたら再びチャレンジをしたいと思います。

レースを通じて数え切れない応援メッセージを送ってくれた皆様、実行委員の皆さん、ブログ更新してくれたSueさん、そして準備から本番まで全面的なバックアップをしてくれた嫁の深青子に感謝をします。

本当に有難うございました。
posted by TJAR2010 at 09:35| Comment(0) | 間瀬ちがや  森本泰介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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